性的な教義etc


by body_revolution
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タオのオーガズム

僕がときどきタオつまり仙道を意識した房中術について、ブログでチョコチョコっと書いたりすることがあります。
それにあにはからんや、タオの本を推奨しているんですから、すこしばかりそちらに関心があるのです。

タオの房中術って、どんな性技なのということも、テクニック的にも深い交わり方の指導もあるんですが、そこだけじゃなくってもう少し深いところがあるんですよ!!
そのさわりの一端を伝えたいと思います。

とあるタオイストの考えた文章です。

----ここから---

タオのアプローチでは、セックスは、私たちの心身の健康とスピリチュアルな成長のためには禁じられるべきものでも、恐れるべきものでもなく、男女が存分に歓びを分かち合いながら、自らの内的本源へと帰還することができる霊的な道程であると教えてくれます。

性交時に私たちが普段体験しているオーガズムは、生殖器の周辺付近でのみ起きている単なるわずかな脈動に過ぎません。男性の場合は、射精によって、生命のエッセンスに満ちている精子がいったん体外に放出されると、そこでもうオーガズムが終わってしまいます。

タオの独特の考え方では、私たちは、心身の健康にとって不可欠の栄養となる生命のエッセンスとしての精気を体外に放出してしまうために、本来得られるべき性のエクスタシーを享受できないばかりか、心身の健康を損ね、老化を招いてしまうと考えています。

男性にとっては射精がそれにあたります。女性の場合は、月経の期間に必要とされる以上に大量の精気を放出してしまうために、本来持っているオーガズムの機能を存分に発揮させることが難しいのです。
これに対し、タオイストたちの説くセックスへのアプローチは、生命力をいたずらに浪費しない「内的オーガズム」が基本です。これは、生殖器官のみならず、体全身に広がるトータルなオーガズムのことです。生み出されたエクスタシーは、ほんの一瞬の間に終わってしまうものではなく、望むまま何時間でも持続させることが可能です。

一般の性行為に置いては、男女が共に愛しあう行為を行っているというよりは、むしろ男性側が女性を征服するという状況になっていることのほうが多いようです。これは、行為の中でいつも男性が無意識に怒りを覚えているからです。女性のほうが得られる快感が高いように見え、なおかつ、男性はかなりのエネルギーを失ってがっくりきてしまう。行為の後には、男性はいつも負けています。普段はどんなに威張り腐っていても、女性には到底太刀打ち出来ないという事実を、男性は行為のたびにいつも突きつけられているのです。
こうした敗北感や無意識の怒りを補償するために、セックスの行為の中で、男性はより支配的な立場に身を置こうとし、女性を征服することに歓びを見出そうとします。


----ここまで----



男性は射精したあとにくたくたになってしまいますが、体力的な余裕がある女性はまだまだオーガズムの序盤でしょう。体がしっかりと整えられた女性には、どのような勇者の男性が挑んでも、結局負けます。僕も、もちろん完敗です。

男性は射精してオーガズムを果ててしまい、勝手にその場を終わらせようとすれば、女性に冷ややかな眼で見られるのが落ちでしょ。そのような目線が恐ろしくて、俺様がお前を征服したんだぞといいたげになる。そう考えて状況の推移を観察してみれば、納得するようなことが多いんですよ、実にまたこれが!

だったら、射精してオーガズムの終を肉体的に迎えるような、肉体的オーガズムだけの性行為思考から内的オーガズムという全身で得られる性エネルギーの増幅というタオイストのセックスをするとします。


そうするとね。



射精してオーガズムでおわっちゃうようなことがないんで、女性に対しての敗北感も、男性側だけがエネルギーを使い果たしてがっくりくる疲労感もないんですよ。これが、また!



射精ばかりがオーガズムじゃないというタオの房中術を知っていれば、そして実践しているならば。それを、女性にも少しずつ回数を重ねて教えていけば。もちろん女性にとっても房中術は、この上ないオーガズムを与えてくれることになる。脳内麻薬が、出まくるのが自分で好きなだけコントロールもつくようになるんだから、すごいヨダレもの。男性も深いオーガズムを感じてるから、幸せそうだ。射精を済ませたらさっさとシャワーをあびて帰り支度なんていうことじゃなくて、仲がいい。


ただ、このような房中術をするにも、相手を本当にシビアすぎるほど選ばないといけないので、何度かセックスをして性的相性があっているかとか、そのあまり多くの人に知らせることができない秘伝の房中術部分の秘密を守れるかとか。。。だから深いところでの房中術を試すようなことは、僕もめったにはない。できればそのようなノリのわかってくれるような女性と知り合えれば、ゾクゾクするよね


で、このようなことをしている男性だったら女性を征服しようとはする必要なし。セックスの時の女性に対しての敗北感も無意識の怒りを補償するようなことも必要がないんだから。
スピリチュアルなセックスというと僕にはこのような側面を想起させられる。





肉体的なオーガズムを得ることは、霊的にも人と人を結びつけ成長させることにつながるから、僕は交わりは会話のようにあってもいいと思う。交わらないとみえてこないものがあるのだから、勇気を出して、そこをまざまざとみていくようにする。道義的に、それは邪念だとかおっしゃられてしまうかもしれないが、偉人や英雄などの多くが色を好むという。宗教的に多淫はだめだといわれているが、たとえば仏教ではセックスを戒めつつも、他方では密教的なタントラでは性的エネルギーを真理の探求をおこなうための重要な要素として積極的に極めようとする。だから男女が様々な体位でしている像が飾られる寺院や神々が交わる絵などが多数描かれている。それらをすべて深く考えもせずに常識的にダメだという思い込みだけで判断するのは、、、、ちょっとね。


ただ肉体的なところが整っていない男女には房中術は、体験すらできないように思う。書籍の文面を字面を追うだけでは、深いところや勘所がわかるはずない。体で先人たちが作った房中術の思想を感じ取るセンスが必要だから、それを感じ取るにはまずは体を整えること!これ必須。その先にみえてくる上級なものと考えていいだろう。
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by body_revolution | 2011-07-19 00:01 | Comments(0)