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<   2010年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

昨日、施術の師匠の個人教授だった。施術を受けるだけならいいだろうが、施術をする側であれば極度に緊張しまくる。なぜかというと、手の指の一本の動きのミスや目線の僅かなブレさえも、君は何を考えているんですか?何もその頭では考えていないのでしょう、といわれながら正しい動きに修正をかけていただく。それもかなりプレッシャーだ。
それだけじゃない。それは師匠の言葉に”時計の針は元には戻らない!”っていう含蓄深い言葉を僕に何度も何度も投げかけてくるから。

どんな意味かというと、簡単にバッサリした説明を許してもらえれば、下手な施術者が施術をしてそのお客の人生をだいなしにしては言語道断、という感じだ。



師匠いわく、別に自分が関係しない施術をする先生たちがどんな施術をしようが、そこには僕たちが介在する余地はないとしている。
お客が自分の目と耳でちゃんと品定めして買える権利がある。だからその権利というものをしっかり行使して、自分に必要なものを選べばいいだけのこと。そこで目利きかどうかはお客自身の強運の持ち主かどうかとかしっかり調べ上げたかどうかという、その二つのことだ。築地の場外市場で鯛を買うときに、どういう鯛がおいしいかを親切に教えてくれることもあるかもしれないが、なかには悪いヤツがいてこの客はカモにできそうだと思うと、なめてかかられて高い金を出して粗悪なものを売りつけられる。日本じゃ、そこまで極端なことはしないかもしれないけど、施術なんていうものは、目に見えるような商品なんかじゃないから、実は実はもっとカモられてしまいやすいという危険がある。

そんなことを実際にしていたりされたりしているから、胡散くさいと言われたり、そんな印象があるんだ。
真面目にやっている施術者もいるのに、その人達もひどい言われようをするのは、心底悲しくなる。


そうはあるものの結局は、お客自身の選択眼がすべてなんで、選ばれるかどうかはそれに任せるしかない。だからもし他の施術院さんで最高の治療を受けてもひどい治療を受けても、それはそのお客さんの自由意志。とやかく僕らが言えたぎりのもんじゃない。もちろん僕なら、ひどい施術院なんてぜったい行かない。師匠のところしかいくきにはなれない。どこぞの有名な先生よりも、頼りになるから。それは、よく内容をわかっているから、それを正しく判断できるからなんだけど、こんなところで同業を身勝手な勝手な批評をする気もないです。それはしちゃいけないのが生活をかけてがんばってる職業人たちのルールだから。


施術というものにもそれぞれの流派があって、自分が接した流派には精通するためそちらが素晴らしき至宝にみえるが、あまり接することない他の施術の流派は情報不足で理解できない。なのに知ったかぶりしてしまって見下したようなことをいってしまうやからがいたりする。要するに、お客はどんな施術法をしてもらうかが重要じゃない。偉そうな顔している著名な施術者にも、またはぽっと出の施術者にも鼻持ちならないほどの自分の自慢話を聴かせたがるやつがいる。そんなやつに施術を受ければ、時間の無駄。かえって複雑な歪みを増やされて体を悪くさせられることだってあるんだから、金を取られながら、体を破壊されてるのだから、ひどい話だ。そんな奴には、おまえになってほしくないんだというメッセージが詰まっている。それにこの言葉は、師匠が本当に目をかけてくれている者にしか絶対に言わない言葉だとわかったときがあって、それまでは頭ごなしに”お客の時間を奪う泥棒やろう”と叱られていたような気がしていたのが、おまえならお客の命の時間を充実したものにできるはずだ、といった期待をかけてくれているように感じられるようになった。



師匠も自分の勉強を大切にするから時間がない。そしてお客の時間を真の意味で大切に考えて自分の命を削るタイプだ。

ただし自分の命を削ってまでやっていく裏には仏教の釈迦が言う慈悲という心があるという。その慈悲というのがもっとも大切だって釈迦は強調して口を酸っぱくしていっていたんだけれども、それは慈悲という人と人との愛情や共感を深めると、それは直接的に自分の心や体の悟りに近づけてくれるという秘密が、そこに隠されているからなんだって。脳や肉体、そして魂が互いに共感したときに、釈迦が求める平安なこころを持って生きていく力に芽生えるんだって。

慈悲は相手にものをやったりして自分の心身や持ち物を削りとり相手にさし出して助けたいという気持ちだが、その気持があるときにだけ、釈迦はある種の境地に至れるというような、そんな筋道を示したかった。












だから不思議な運命を背負っていると思うこともあるんだけど、師匠に損してでも自分の持っているものを相手に差し出すべきときがあるから、そのときは微笑みながら渡しなさいといわれてきた。それは施術の時はその筆頭に当たる。そうした思いが僕も自然なことと思う気持ちが強くなってから、かえって切れ味の鋭い施術の技が放てるようになってきた。


時計の針は元には戻らない。そういう気持ちがあると、今日のことは今日で終わらせること。緊張感が生まれてくるし、多少の女性に対して図々しくもなれてしまう。真剣にそうしたいという願いが、情熱として高まり、相手の話もよくきき、考える時間を惜しまなければ。。。僕の情熱は伝染するようだ。女性との出会いがスムースに訪れるようになってきた。

そしてこのような慈悲の心というものが影響したのかはわからないが、男性側の僕が満足するだけではなくて、女性がより満たされることのほうが自然なことと思えて。そうしたことで女性がオーガズムを感じたときにだけ、男性がそのオーガズムのエネルギーの爆発に共感し共鳴して、女性の脳と似たオーガズムをえることができる。そのことが体験的にもわかった。慈悲の気持ちでのセックスというと、下手な上下関係の視点がありそうに見えるけど、慈悲の気持ちだって情熱を持ってことに接すれば、相手にも影響を与えて伝染して、互いにその気持がやり取りされるようになってくる。そのときに生じてきた性の磁力が半端じゃない!!そんなすごいことを体験できることがあったりしたから。


セックスでも時計の針は元には戻らない、、、それは魅力的な体を維持しなければ相手にされないということもあるんで、はやいところ声をかけなければという焦りにもあるんだろう。これは男性側にもあるんだけど、圧倒的に女性側の方がホルモンの関係で子供を産める時期にセックスをしたがるということがあるので、縁を多少強引にでも結んでおきたいという気持ちが強い時には、男性以上に積極的になる時がある。そんな気持ちで頑張ってる女性には、骨盤の下にあたる骨盤底筋群の緊張を解いて(下着を脱いでもらうことが必須だ)仙骨も緩め女性ホルモンを安定させるということを同時にすればいいだろう。子宮が、ほどよく充血しやすくなるからだ。そうなると、男性が、わさわさとその女性の体に興味を持たざるを得なくなってモテモテくんになることがあるから。

この施術法を女性にしていると、僕自身が思わず勃起してやばぁ・・・となることも、正直でてきてしまう。第二のチャクラという性に関連するチャクラが女性が全開になると、逆らえないよなぁ。
by body_revolution | 2010-07-28 22:06 | Comments(2)

陰核脚

陰核とは?というと女性もそこの部分を解剖学的にはあまり詳細をしらないという人もいるでしょう。おそらくそんな性科学的な内容について学校でおしわられることってば、あまりないわけで。

関心がる人はつぎのページをみてください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E6%A0%B8

こちらが陰核脚も詳細に描かれているイラスト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Clitoris_anatomy_labeled-ja.jpg


一般的にはクリトリスあたりが陰核と思われがちですけど、そちらばかりが問題の部分ていうわけではなくて、クリトリスの感度をあげたりさげたりするのにも陰核脚という「人」の字の脚部あたりの海綿体に、血液がたまってクリトリスが勃起する仕組みなんだから。




この陰核脚に近い部位が固まっていると、異常にクリトリスがちょっとこすれるだけでも過敏になってしまう女性がいる。外性器周辺に内転筋群のしこりがびっちりと入り込んでしまう女性がけっこう多くいるんですよね。おそらく10人中7~8人はそういった傾向が強いんで。知らないということは罪なことです。豊かにクリトリスの刺激を楽しみたくても、痛気持ちいいという感触しか得られないんで。痛みが快感だと勘違いした状態でしかない。これっていうのは単なる錯覚による快感だといわれるようなもので、本当の快感という至極のものとは隔たりがあるようなもので誤認でしかない。

以前にメールでのやりとりでプライベートなスペースで施術をさせてもらうようなときに下着も出来れば脱いで欲しいことがあると書いて女性にひかれたことがあったんだけど、婦人科系の疾患をもっている、たとえば生理痛がきつかったりおりものの匂いがきつかったり子宮内膜症や子宮筋腫があったり排尿異常があるときや。。。というものの項目にひとつでもあてはまってれば陰核脚が圧迫されてしまっている女性が多いようですから。それを改善していくにはどうしても海綿体が勃起した状態をつくりだして陰核脚に血液を充満させて、状況を確認しておきたいところがあるんです。


陰核脚は体内に入り込んでいる部分だからあまりにも意識しづらいもので、女性が自分の体にあるものなのにその陰核脚の存在を知らないということもあるようなものでした。陰核は知っているけど脚ってなに、っていわれてしまう。でもポッチとしたクリトリスを支えるのが海綿体がある陰核脚で、この部分は鼠径部の詰まりやら内転筋という内ももの筋肉が緊張しすぎてたり力がなく虚脱していたりすれば、すでに陰核脚がつぶされているような健康的に陰核の快感を堪能できる状態ではない。




そういったところについての知識は、あまり知られてないんでしょう。

僕がプライベートなスペースで、するときには陰核脚の周囲が問題があるようならばそこを少しずつ5~10回ぐらいに分けてソフトに再生していくようにしていく。そうすると自然にセックスの快感レベルがあがっていくような錯覚を覚えるから健康的だからいい。

ただ通常は陰核周辺部の調整のやり方は悪用されるといけないから、教えられない。今までの快感レベルが段違いになるのはいいことかもしれないが、精神的なところで弱さがある男性がこれを武器にすると、女性を自分の支配下におこうとするということがかつてあったそうだ。セックスの快感が高いときは体中にエネルギーが駆け巡って別世界にトリップしたような感じになる。その快感をもう一度味わいたいという気持ちが強いと弱みを握られたことになってしまうから。それにこの陰核脚は施術などで再生して勃起を理想的にさせるようにすることもできるが、逆に言えばこの陰核脚にダメージを与えることもできてしまえる。強すぎる振動や早過ぎる周波数をもつ機器などを使われれば、ひどいことになるだろう。

そう、だからあまり不用意なもので大人のおもちゃもへんなやつを使われて、なんども使われて、となると、いつしかそのダメージが生涯にわたって残ってしまうようになっている。それもなんだか悲しい残念なことだと思うが。
または下手なピストン運動をされるだけでも、ダメージが残る。頻繁にこれはあることで、互いに傷つけているとかどうかもわからないうちに起きている。

膣などはかなり丈夫な壁をもっているから大丈夫なんだけど、前庭のクッションなんかはやりようでは、衝撃は簡単に突き抜けて陰核脚をダメージにさらさせてしまうんです。


ほんと、女性の体はタフな反面、緻密なところはほんと緻密に作られているから。その緻密さを具体的にわかったうえでそれに沿って、ことを進めればいい。僕もそんなたいしたことはいえるもんじゃないけれども、施術のテクと体の知識をフル活用していくようにしてます。それは男女のWin & Winの付き合いの基本でしょう。


あと関係なさそうなことのように思えるかもしれないけど、体の外側の部分を見ても性の関係する内臓なんかはみえてこないでしょ。でも皮膚を透かして触診しておくにある女性器以外の内臓でもとてもとてもとても重要なものがいくつかあるのです。それらも同時に改善させること。セックスをしつつ施術をしている、というか施術をしながらセックスしているという忙しいことを、集中力を切れても付き合えるような女性じゃないと、付き合えないような気がするが、でも、これ、大事!秘技のような、ものでしょ
by body_revolution | 2010-07-20 01:15 | Comments(0)
師匠にパワーチャージの仕方を習おうと思ったんだけど、
どのような状況であるかをよくよくを聴かれて、教えてもらったことがある。

癌になっている患者の看護や施術をするときや他の重篤な病状を患っている人の施術をしていくときに、水を使えと言っていた。
マインドテクノロジー(下)という本を紹介され、そちらに<<エネル・ペンデュラムによるガン治療>>という内容記載があった。一般の方にはあまり関係ないことなのでしょうが、マイナスに傾いたエネルギーを体に取り込んでしまったときには、それをチャッチャと体外に出してしまわないとだめ。治療しつつ水に手を触れて、体の中に入ったマイナスのエネルギーをその水に流し込む。そして、終わったあとはじゃーっとお水をしっかり排水口に流し海に返してあげよう。っていったようなことです。

これは師匠は必ずやっているそうで、そうすることで、施術をしたときに、次の患者さんに前の人の置いていったマイナスの想念やエネルギーを次の人に影響させないようにする心遣いでもあるという。かなり重要だから、人の体に触る職業人は必ずこれを心がけていくといいといってました。




まったくもってこれは余談だけど、セックスをするときにもお相手が体的に問題があってなんらか疾患をもっているときにもこれは大切な作法だと思う。たとえばだけど婦人科系の疾患を持つ女性とセックスをするときにも、または男性では相手への依存が強く支配したい欲求がひとしおの傾向の男性が多いので、そのようなときには、のちのちまで相手の問題が影響し続けてしまうことになるだろう。ウィルスや細菌のやりとりもセックスの時には必ずと言ってやりとりをおこなう宿命にあるものでしょうが、エネルギー的にも低いエネルギーに自分が影響を持って引きづられる現象が起きてしまうのです。これなども上述したような水をつかった浄化は少し役立つはず。自衛は、相手に失礼だと思う必要はないです。低いエネルギーを相手に転写して相手をも不幸にさせてしまえば、知らず知らずでもそのようにしてしまったお相手の運気はがた落ちになるんで。そうするよりも、セックスにより気を高める方法をもちいてあげられれば、ひょっとしたらそんなエネルギーを相手に持って行かれたり同調して自分も落ちていったりしなくてすむんですから。男女の性的磁力を正しく使えるような仕組みをしったり、ちょいと痛い目にあいながらも研究するのは僕は修行にも匹敵するようなことのように思える。積極的に取り組むべきで、そんな男女が増えていったほうがバイタリティがある面白い人間が増えていくようにも思える。

逆に高い精神性やエネルギーをふんだんにもっている異性とするセックスは、相手からこれほど激しくストレートにエネルギーがやってくる行為はない!!だからちょっと元気なかったら、そんなお相手とセックスしてみたくなるという女性がいるのもうなづける。少なからず僕の精液をそのまま口に受けて飲んで、妙に体調がいいっていう女性がちらほらりと。それは気の高まるような波動を取り入れて増幅するような修行をしているんで、他の男性とはそこのバイブレーションが違うようになっているらしい。




性器を通してだけでなくても、施術者と患者ならば施術を受けるだけでもかなりエネルギーを貰えるだろう。そういった力をもった施術者と縁あって知り合えれば、すごいラッキーでありそうでいてあまり世の中ではそのようなことが恵まれていないことだと思うのだが。
by body_revolution | 2010-07-04 01:24 | Comments(4)
僕は整体をしているものだけど、生命エネルギーを強烈にもっていかれることはあるよね。例えば癌を患っている人ならば、気づかないうちに自分が失っている安定を取り戻そうとするために、エネルギーをごっそりもっていかれることがある。それは、別にその人が悪気があるわけでもないんだけど。でも対応しようとする人にとってはかなりに厄介な問題になる。

言い古された言葉に病気は気の病。気の病を生命エネルギーがうまく体内で循環できないようになってしまって、たまたまそれに関連するウィークポイントができた。それが病気の起こり。それが風邪(ふうじゃ)からくるか水毒からきているか、そして眼に見えないほどの小さなウイルスや細菌から来ることもある。それらは様々っていうところだけど。体表的には見えない、体内の問題。

ただ生命エネルギーを相手に吸収されても一時的に吸収したものは楽になるかもしれないが、それは気の迷い程度のものでしかない。いずれまた悪くなる。それも気を吸われたものは、その気を吸ったものに波長を合わされてしまっているので、その病気の気を残されてしまっている。やがてその病気に移行してしまうこともしばしば見受けられてしまい、悲しいことがたえない。だからその時の共鳴した気を断ち切る剣のようなものを奮ってくれるものがいなければ、時期に生命エネルギーがもれでる穴を塞げずに、目の下がくまがきつくなってきたり、自律神経系が問題が出てしまってという副次的な問題も起きてしまうようになるだろう。

とりつかれているとかいうと怖いが、このようなことは珍しいことじゃない。日常茶飯事である話だから。施術を受けるお客のうちの10人に2~3人は、妙な生命エネルギーの吸われ方をしているようだ。まずは頚椎7と胸椎1あたりの大椎周辺の問題な穴になる乗っかられてエネルギーをチュルチュルされるところを塞いで応急措置をしておくけど。それだけですむような話じゃない。


そしてパワースポットにいっても一過性のエネルギーチャージで終わることも多いし、パワーストーンも。それぞれ、そのパワーの源と波動を共鳴させる力が備わるように修練というものをしておかないと、いつのまにやらいつものパワーストーンを持っていても自分の地の波動が優ってしまって、結局はパワーストーン等の源からやってくる波動を受け取らないから効かなくなってしまう。そういったこと。そのような仕組みを知らないでおれば、単なるパワーあるものへの依存傾向を強めて、同時に自分の中にはパワーが無いんだとか暗示をかけてしまってややこしやな事になってしまう。

日頃から熱心に神仏やご先祖様に感謝の意を徹底して表しているならば、慈悲の心の源に触れ合えるため、ちゃんとしたエネルギー循環ができてきてしまっているため、僕がなにかアドバイスする必要はないと思う。



一番即効がある生命エネルギーを向上させてくれるものは、僕は師匠に施術をしてもらったときに感じた。他にもいろいろとスピリチュアルのような優れたものもしてきたし、肉体のパワーアップも試みた。それで少しは人様が驚いてくれるようなものも気の力で生み出せるようにはなった。


だけどやはり、いまも本当に困ってしまうほど生命エネルギーが枯渇したときは師匠だよりです。だから体力的に無茶しても助けてくれるから大丈夫と考えてしまって。僕こそ、自立して抜けださねばならないところが根本的にあるんだけど。だからあまりに偉そうなことを言えないんだが。だけれども、自力のなさを認めて、少しずつ階段を登っていくということも必要と思う。自分なりにこれが賢明な考え方だと思うし、いつかは師匠にも恩返しができるだろう。

できれば謙虚で人物的にも優れた整体をする人物を、日頃の健康維持や管理のために知り合っておいて欲しい。特に介護などのフラストレーションもたまるような仕事や、看護などをなさっている人々にはそう思う。または僕のような同業者も、相当に自力を備えていれば必要ないが、そうじゃない人は。

頼って依存するというのは絶対にやめるべきですけれど、賢く生きるための頼みの綱になってくれる。そんな存在を人生の友として得ておくのは悪い話じゃない。肉体面での運動しろとか暴飲暴食をやめろとか苦言を呈せられるかもしれないけれども、そのようなやりとりをしておいたほうが長い目で観れば健康にはいいだろう。僕もそうなれるようにと、日頃の努力というものを惜しんではないんで。僕以外にもそんな施術をする人は絶対にいるから。最近ではネットでかなり生な情報も手に入ると思うんで探してみてください。
by body_revolution | 2010-07-01 12:07 | Comments(2)